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第8回 生命資源研究・支援センターシンポジウム

『遺伝子改変動物なくして語れない受精の分子生物学』

大阪大学 微生物病研究所 附属生体応答遺伝子解析センター 教授
熊本大学 生命資源研究・支援センター 表現型解析分野 客員教授 岡部 勝

 哺乳類の精子は射精されたままの状態では受精能を有しておらず、雌性生殖路内に入ってさまざまな生理学的な変化を起こし受精能を獲得(capacitation)する。受精直前には先体反応と呼ばれる先体部分の大規模な膜構造変化を起こすことが卵子との融合に不可欠である。この基本的概念は50年前のcapacitationの発見以来ほとんど変わっていない。受精現象についての定説について遺伝子操作動物を通して吟味してみたい。

【生化学的手法により提唱された受精関連因子群】
 受精のメカニズム研究に最も早く遺伝子改変動物が用いられたのは、先体内プロテアーゼのアクロシンである。予想に反し、アクロシンノックアウトマウスの精子は体外受精系において若干の受精率の低下が認められるものの雄は不妊とはならなかった。この後、受精に関連するいわゆる「重要因子」が立て続けにノックアウトされたが、遺伝子操作動物によりほとんどすべての有名因子群は受精に必須ではないことが証明された(1)。

【遺伝子ノックアウトにより見えてきた受精関連遺伝子群】
 はからずも見つかったcalmegin, calsperin, ACE, Adam1a,Adam2,Adam3などの遺伝子をノックアウトすると雄は不妊になる。その精子を調べると透明帯に結合できなくなっている。しかしcalsperinやAdam1aをノックアウトした精子は透明帯結合能を有していないにも関わらず受精可能である(2)。つまり「透明帯結合能」は、受精するために必須でない。何故不妊であるのかということに関しては、これらの精子が共通して子宮・輸卵管結合部(uterotubal junction; UTJ)を通過する能力を持たないためであることが分かってきた。また透明帯を通過して先体反応を終えたマウス精子は新たに未受精卵の外層を通過して受精させる事が可能であることが示された(3)。

【精子・卵子融合のメカニズム】
 我々は、真の融合因子を探索する目的で、先体反応を起こした精子に特異的に現れ、その抗体が融合を阻害する抗原をもとに融合因子候補を同定し、そのノックアウトマウスを作製した。その結果、卵子との融合能を全く消失することがわかり、このタンパク質をIZUMO1と命名した。一方、遺伝子操作マウスの系を用いて卵子側の融合因子としてCD9が同定された。CD9とIZUMO1はそれぞれ卵子と精子上に存在する融合因子であるが、現在のところ相互作用は認められていない。融合のメカニズムについても考察を加える。

【参考論文】
1. Ikawa M. et al., Fertilization: a sperm's journey to and interaction with the oocyte.
J Clin Invest. 120: 984 (2010)
2. Ikawa, M. et al., Calsperin is a testis specific chaperone required for sperm fertility.
J Biol Chem, 286:28544 (2011).
3. Inoue N et al., Acrosome-reacted mouse spermatozoa recovered from the perivitelline space can fertilize other eggs.
proc Natl Acad Sci U S A, 108, 20008-20011 (2011)